アナタの傍にコンドルのジョーはいますか?~JohnWORKSブログ~

ジョンとその仲間たちが日常に隠される、きっと仕事に通じる大事な何か…

第一章「人生はアドベンチャーだ。」

 em0です、初めまして。JohnWORKSで主にIT方面でお仕事をさせてもらってます。

 

 関西のとある企業でSEをしています。IT関連や好きな本の内容、日常のあれこれなど不定期で気が向いたときに、ジョンさんの代わりに記事を書いていこうと考えております。

 

 記念すべき初回タイトルは、「人生はアドベンチャーだ」。人生はゲームのようなものだって、聞いたことのある方は多いと思います。セーブができない、つまりやり直しができないハードモード。やり込み要素が豊富で、仲間を増やし、ボスを倒して、経験値を経て成長していく。世の中にあるどんなゲームよりも重厚で、最高にリアルな3Dゲームこそが人生だ、と。

 

 でもそれって、正直なんだか実感の湧かない話だと思うんです。人生はゲームのようにそう、うまくいかないし、単純じゃない。初めてこの話を聞いた時、ゲーム好きの私でさえ、人生をゲームのように考えて日常のモチベーションを保つのはとても難しいことだし、なんだか違和感を感じました。

 

 先日とあるアニメを見たんです。それはルパン三世。(微ネタバレ含みます、注意)タイトルは「その時古くからの相棒が言った」。もちろん古くからの相棒というのは次元のことです。今シーズンやっているルパン三世のアニメは個人的にとても面白いです。ルパンがなんども死にかけます、それほど強大な相手が立ちはだかる。(興味がある方はぜひ見てみるのをお勧めします。)ルパン三世、そしてその一味も流石に諦めムード。そろそろ潮時だと感じた古くからの相棒である次元は、ルパンにこう言い放ちます。

 

次元 「引退しろ、ルパン」

 

 しかし、ルパンはいつものおどけた調子で、次元の言葉を茶化してしまいます。

 

ルパン 「敵は強い、ひょっとして今までで最悪の敵かもしれない。仲間達は皆、傷つき、戦う意思を失っている。どうなるんだルパン三世・・・果たして逆転の秘策はあるのか!?」

 

 そんな、いかにも自分の泥棒人生を、物語の一幕のように語るルパンに対して次元は言い放ちます。

 

次元 「ルパン、人生は物語じゃねえぞ」

 

ルパンが答えます。

 

ルパン 「なら、物語にすればいいじゃねえか。俺って人生の視聴者は俺だけだ。だったら俺が続きを見たくなるような物語じゃねえと意味がないだろ? 凄いピンチだけど、あいつどうやって切り抜けるんだろう・・・ 強すぎんじゃねえかこの敵!こっからどうやって勝つのかなあ・・・」

 

ルパン 「俺は、俺に期待したいんだよ」

 

 ルパンにとっての人生は確かにゲームや物語なんです。でも、あくまで第三者的視点。視聴者なんです。ゲームって自分がプレイするものですが、それは操作者としてのお話。自分がゲームの中に入り込んで、あれこれするっていう観点はありえない。それこそ私が感じていた違和感だったんだって、この時とても衝撃を受けました。

 

 勿論、人生ですから思い通りにいかないことも当然あると思います。物語の中の、とある章の行き着く先が、思ったような結果にならないことなんてザラです。そんなのも視聴者としての観点ならきっと楽しめる。

 

ルパン 「チックショー!期待させやがって・・・逆転は次回までお預けか」

次元  「その逆転がいつまでたってもこなかったら!」

ルパン 「その時は、おれって視聴者はないなくなる。だからよ、次元。終わりが来るその日まで、おれはルパン三世でいたいんだよ。」

 

 人生ですから終わりがきます。人類がこの世に誕生してから、その終わりから逃れることのできた人は、存在しません。人生ですからいろいろなことが起きるでしょう。でもそれらに対して、常に視聴者として、展開を期待して、楽しむことができたらまた人生という物語への見方が変わってくるのではないでしょうか。

 

 私は何よりも "普通であること"が嫌いです。物語の起承転結の、起伏が誰よりも激しいような、そんな人生を。平坦で平凡な物語ではない、"アドベンチャー"とでも呼べるような、私にしかない物語を紡ごうじゃないか!と、常日頃考えながら過ごしていけたらと思っております。

 

 長くなりましたが、今回は私が思う人生観について書かせていただきました。今日はここまでです。またよろしくお願いいたします。

 

em0